2012年11月17日土曜日
陶芸作品140 酸化なまこ釉深鉢
久しぶりの陶器の投稿になります。11月2日から7日まで麻生区文化協会の美術工芸展が麻生文化センターのギャラリーで行われました。陶器を3点出品したうちの一つです。酸化なまこ釉の色合いが好きなのでこの釉薬はよく使います。
2012年11月13日火曜日
2012年11月7日水曜日
東北の旅 その2
東北旅行の1日目、2日目は震災の被災地を石巻から宮古までまわり、10月20日のブログに載せたのですが、3日目、4日目も載せることにしました。10月14日の3日目は陸中宮古から遠野に行きました。遠野は柳田国男の遠野物語で知られているところなので一度は行ってみたいところでした。この上の写真は稲刈りが終わった遠野の農村風景です。
この写真は、遠野のかっての農家の生活様式を再現した伝承園という施設です。養蚕の神様であるオシラサマが祭られている御蚕神堂などもあり、古民家の囲炉裏端でおばあちゃんの昔話を聞くことなどもできます。
上の写真は伝承園の敷地内にある曲がり屋で、下はカッパ伝説で知られるカッパ淵が敷地内を流れている常堅寺で、今から520年ほど前に開山された古刹だそうです。
下の小川がカッパ淵で、カッパの大好きなキュウリが木から淵に吊り下げられていました。
遠野から東北道に向かい、水沢インターから東北道に入り、仙台から少し南の村田ジャンクションで山形道に入り、山形道を走り、山形北インターで下りて芭蕉の奥の細道で知られる山寺(立石寺)に行きました。
上の写真は奥ノ院に行く途中にある納経堂で、慈覚大師が眠る入定窟の真上の断崖にあります。下から奥の院までは1000段ほどの階段を上るので、結構きつかったです。下の写真は車で5分ほどのところにある山寺芭蕉記念館前にある芭蕉の句碑です。この句は「奥の細道」の中でも最高傑作の句と言われているそうです。
芭蕉記念館を見た後、また山形道を走り、庄内あさひインターで下りて、この日の宿泊地である休暇村羽黒に行きました。
旅行4日目、朝食後、休暇村を出発し、出羽三山の一つである羽黒山に行き国宝の五重塔を見に行きました。杉並木の道を行くと、荘厳な風格のある五重塔が現れました。厳粛な感じさえする素晴らしい塔でした。
羽黒山の五重塔を見た後、鶴岡から日本海に沿った道を走り新潟県の村上市に行きました。村上市は村上堆朱でも知られていますが、鮭の遡上でもよく知られている三面川(みおもてがわ)があります。前々から行ってみたかった鮭の記念館を見学した後、三面川を見に行きました。下の写真は産卵後の鮭を捕獲するための「やな」とよばれる装置だそうです。横浜市の教員をしていたころ、「よこはまサケっ子の会」に所属していたことがあり、鮭の受精卵を学校でも自宅でも孵化させていたことがあったので、三面川は一度は訪れてみたいと思っていたところでした。札幌の豊平川の鮭の記念館も前に行ったことがあるのですが、今度は鮭が遡上する様子を見にいきたいと思っています。
上の写真は三面川から長野の姫木平に向かう途中の新潟県の新発田付近の景色です。北陸道、上信越道を走り、坂城インターで下りて、上田から姫木平に向かい、夜10時頃に着きました。長い一日でした。姫木平で泊まって、5日目の夕方に出発し、自宅に帰りました。10月12日から16日までの4泊5日の旅でした。5日間の走行距離は2,000kmでした。1日平均400kmなので自分でも結構すごいなと思っています。
この写真は、遠野のかっての農家の生活様式を再現した伝承園という施設です。養蚕の神様であるオシラサマが祭られている御蚕神堂などもあり、古民家の囲炉裏端でおばあちゃんの昔話を聞くことなどもできます。
上の写真は伝承園の敷地内にある曲がり屋で、下はカッパ伝説で知られるカッパ淵が敷地内を流れている常堅寺で、今から520年ほど前に開山された古刹だそうです。
下の小川がカッパ淵で、カッパの大好きなキュウリが木から淵に吊り下げられていました。
遠野から東北道に向かい、水沢インターから東北道に入り、仙台から少し南の村田ジャンクションで山形道に入り、山形道を走り、山形北インターで下りて芭蕉の奥の細道で知られる山寺(立石寺)に行きました。
上の写真は奥ノ院に行く途中にある納経堂で、慈覚大師が眠る入定窟の真上の断崖にあります。下から奥の院までは1000段ほどの階段を上るので、結構きつかったです。下の写真は車で5分ほどのところにある山寺芭蕉記念館前にある芭蕉の句碑です。この句は「奥の細道」の中でも最高傑作の句と言われているそうです。
芭蕉記念館を見た後、また山形道を走り、庄内あさひインターで下りて、この日の宿泊地である休暇村羽黒に行きました。
旅行4日目、朝食後、休暇村を出発し、出羽三山の一つである羽黒山に行き国宝の五重塔を見に行きました。杉並木の道を行くと、荘厳な風格のある五重塔が現れました。厳粛な感じさえする素晴らしい塔でした。
羽黒山の五重塔を見た後、鶴岡から日本海に沿った道を走り新潟県の村上市に行きました。村上市は村上堆朱でも知られていますが、鮭の遡上でもよく知られている三面川(みおもてがわ)があります。前々から行ってみたかった鮭の記念館を見学した後、三面川を見に行きました。下の写真は産卵後の鮭を捕獲するための「やな」とよばれる装置だそうです。横浜市の教員をしていたころ、「よこはまサケっ子の会」に所属していたことがあり、鮭の受精卵を学校でも自宅でも孵化させていたことがあったので、三面川は一度は訪れてみたいと思っていたところでした。札幌の豊平川の鮭の記念館も前に行ったことがあるのですが、今度は鮭が遡上する様子を見にいきたいと思っています。
上の写真は三面川から長野の姫木平に向かう途中の新潟県の新発田付近の景色です。北陸道、上信越道を走り、坂城インターで下りて、上田から姫木平に向かい、夜10時頃に着きました。長い一日でした。姫木平で泊まって、5日目の夕方に出発し、自宅に帰りました。10月12日から16日までの4泊5日の旅でした。5日間の走行距離は2,000kmでした。1日平均400kmなので自分でも結構すごいなと思っています。
2012年11月3日土曜日
2012年10月24日水曜日
2012年10月20日土曜日
東北の旅
テレビで、歌手の森昌子さんが気仙沼を訪れている番組を見ました。懸命に復興に向けて頑張っている被災地の皆さんを応援し、交流を深め、復興を支援している番組でしたが、その番組の中で被災地の皆さんが、一日も早い復興のためにもたくさんの人が東北を訪れてほしいと言っていました。 一度は自分の目でしっかりと被災地の状況を見ておかなければいけないと思っていたので、震災から1年半も過ぎてしまいましたが急遽訪れることにしました。10月12日夜中の1時30分に家を出発し、東北道から最初に石巻に入りました。道路は片付いていましたが今でも町のあちこちが津波で流され、家の土台だけが残っている光景と、いたるところにがれきの山が築かれている現状に言葉がありませんでした。たくさんの写真を撮らせてもらったのですが、そのうちの数枚をブログに載せさせてもらうことにしました。
この上下の写真は津波で屋上に避難した人たちも津波で流されてしまった南三陸町の防災対策庁舎です。
上は線路が流されてしまった写真です。下は津波で家が全部流されてしまった町の光景です。
上は気仙沼大島の島の中で一番高い亀山からの写真ですが、この山ではたくさんの木々が焼けこげていたので山頂周辺を清掃している方にお聞きしたところ、震災のときの気仙沼の大火災の飛び火で島の木々がたくさん燃えてしまったそうです。いろいろお話を聞かせていただいたこの方もこの島のフェリー乗り場の近くでお店をやっていたそうですが、お店、自宅、倉庫などすべて津波で流されてしまったそうです。高台から津波の様子を見たそうですが、この世のこととは思われなかったそうです。、
上の写真は津波で破壊された気仙沼の町です。下の写真はこのすぐ近くまで津波で流された大きな船です。海からかなり離れているので津波が町の奥まで来たことがよく分かります。
下の写真は宮古の浄土ヶ浜より少し北の田老地区の日本一高い堤防です。この堤防の海側にはもう一つ堤防があるのですがそちらの方はかなり破壊されていました。津波はこの二つの堤防の3倍近い高さで襲ってきたそうです。堤防の内側の皆さんは高い堤防で海は見えず、まさかこの堤防を津波が越えてくるとは思ってもみなかったそうです。内側の殆どの家は流されて土台だけしか残っていませんでした。家が流された跡地にお花を植えていた方に家内がお話を聞いたのですが、地震の後、堤防に上がった人たちの多くが津波から逃げ遅れてしまったそうです。また家が流されたこの地区は今後住宅は建てられないことになったそうです。
下の写真は浄土ヶ浜ですが、このようにきれいな浜に戻るにはたくさんのボランティアの皆さんの協力もあったそうです。
下の写真は少しわかりにくいかもしれませんが海の近くの岸に積まれた瓦礫です。
この上下の写真は津波で屋上に避難した人たちも津波で流されてしまった南三陸町の防災対策庁舎です。
上は線路が流されてしまった写真です。下は津波で家が全部流されてしまった町の光景です。
上は気仙沼大島の島の中で一番高い亀山からの写真ですが、この山ではたくさんの木々が焼けこげていたので山頂周辺を清掃している方にお聞きしたところ、震災のときの気仙沼の大火災の飛び火で島の木々がたくさん燃えてしまったそうです。いろいろお話を聞かせていただいたこの方もこの島のフェリー乗り場の近くでお店をやっていたそうですが、お店、自宅、倉庫などすべて津波で流されてしまったそうです。高台から津波の様子を見たそうですが、この世のこととは思われなかったそうです。、
上の写真は津波で破壊された気仙沼の町です。下の写真はこのすぐ近くまで津波で流された大きな船です。海からかなり離れているので津波が町の奥まで来たことがよく分かります。
下の写真は宮古の浄土ヶ浜より少し北の田老地区の日本一高い堤防です。この堤防の海側にはもう一つ堤防があるのですがそちらの方はかなり破壊されていました。津波はこの二つの堤防の3倍近い高さで襲ってきたそうです。堤防の内側の皆さんは高い堤防で海は見えず、まさかこの堤防を津波が越えてくるとは思ってもみなかったそうです。内側の殆どの家は流されて土台だけしか残っていませんでした。家が流された跡地にお花を植えていた方に家内がお話を聞いたのですが、地震の後、堤防に上がった人たちの多くが津波から逃げ遅れてしまったそうです。また家が流されたこの地区は今後住宅は建てられないことになったそうです。
下の写真は浄土ヶ浜ですが、このようにきれいな浜に戻るにはたくさんのボランティアの皆さんの協力もあったそうです。
下の写真は少しわかりにくいかもしれませんが海の近くの岸に積まれた瓦礫です。
2012年10月6日土曜日
飯盛山の花
久しぶりのブログ掲載になります。9月は出かけることが多く、またこの地元での文化協会の仕事や区役所と共同で行っているクールアース委員会での小学校への出前授業などいろいろありました。暑かったこともありこの夏は焼き物づくりは殆ど進行しませんでしたのでブログに載せる作品の手持ちが無くなってしまいました。これから何とか頑張って作っていきたいと思っています。 ここに載せた花の写真は9月のはじめに野辺山の飯盛山に行った時の登山道の脇に咲いていたお花です。上のお花はミヤコアザミだと思います。下はウツボグサだと思うのですが・・・
上はこのあたりでもよくみられるホタルブクロ。下は登山道から見た野辺山天文台の電波塔です。
上はハクサンフウロ、下はワレモコウで両方とも登山道のあちらこちらに咲いていました。
上はアキノキリンソウだと思います。下はハナイカリだと思うのですが・・・
上は登山道入り口の平沢峠に咲いていたツリガネニンジンで、下はその近くの獅子岩です。
上はこのあたりでもよくみられるホタルブクロ。下は登山道から見た野辺山天文台の電波塔です。
上はハクサンフウロ、下はワレモコウで両方とも登山道のあちらこちらに咲いていました。
上はアキノキリンソウだと思います。下はハナイカリだと思うのですが・・・
上は登山道入り口の平沢峠に咲いていたツリガネニンジンで、下はその近くの獅子岩です。
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